●箱本(はこもと)とは
  箱本とは郡山町中の自治組織のことです。
地子(※1)免除の特権を与えられた内町十三町(本町・今井町・奈良町・藺町・柳町・堺町・茶町・豆腐町・魚塩町・材木町・雑穀町・綿町・紺屋町)で始まりました。
箱本に課せられた主な任務は、治安維持、消火、伝馬(※2)などでした。
この制度は、町が交代で自治にあたることでさまざまな意見をくみ取り、問題に応じてさまざまな対応ができる自由な住民自治の先駆けといえるでしょう。
   ※1 土地に対する税金
   ※2 公用のために使用する馬を提供すること
●藍染め関係資料
    

箱本館がまだ紺屋として営業していた当時、染めに使われていた藍ガメや刷毛・型紙を展示。
またカマドなども復元し、職人生活の雰囲気を伝えています。
●紺屋町の歴史


箱本館のある「紺屋町」は染め物(藍染め)を職業とする人が集まった職人町で、豊臣秀長の時代(1585−1591)に成立したと考えられています。
箱本十三町の一つで あり、城下町の中心をなす内町の一つです。
東西に細長い町で、町の中心には幅1メートルの紺屋川が流れていました。
この川で、染めた布や糸をさらしていたのです。
江戸時代の初期から現代までの町の範囲は大きくは変わっていないようです。
●奥野家の歴史
   

当館は、江戸時代から紺屋(藍染め業)を営まれていた奥野家を修復再生しています。
『奥野家家系伝記』によると名字・帯刀は藩主の柳澤氏によって許され、屋号は「柳宗(やなそう)」といいます。
奥野家では、嫁入りの祝い幕、社寺の門幕、旗、のれんなどを制作していました。
現在、藍染め商家として残る文化財は農家建築が多く、紺屋町における藍染め商家の町家建築は希少な存在です。
また、火災などのため再建遺構ですが、大和郡山市内の町家ではもっとも古い遺構になります。
【主屋・・・江戸明和期(1764−72・家伝によれば明和3年(1766)  ツノ家・・・江戸幕末期】